【明日は2月26日です】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

明日は2月26日です

フェイスブック篇
平成26年02月25日
今を遡ること78年前の昭和11年2月26日、私の父は神田の本屋で働いていた。大正8年2月11日生まれの父は丁度17歳になったばかりで、給料は三食付の住込みで1ヶ月5円。茨城の田舎から上京した目的は働きながら学び海軍の志願兵選抜試験に合格するためである。

「この日は大雪に見舞われていた。店の配達で飯田橋の方へ出掛けての帰り、九段下に差し掛かると夥しい人数の陸軍が集結し、機関銃の設置やら腕章をつけた伝令等が右往左往して騒然としていたのである。更に神保町方面からも続々と行進してくる一隊もあり、その異様な雰囲気に妙に興奮して雪の中に立ち尽くして見ていた。」以上は私の父、小菅紀武吾の手記「生き残り人生の記」の一節である。

21人の青年将校の指揮する兵士、1453人が7隊に分かれて首相官邸や重臣の私邸を襲撃し、高橋是清大蔵大臣、斉藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監の3名を殺害し、赤坂山王ホテルに籠城し、28日迄の3日間日本中を震撼させたクーデター「2.26事件」である。

父が翌3月に行われた大日本帝國海軍の志願兵選抜試験に合格し、横須賀海兵団の門を潜ったのはこの日から約3ヶ月後の昭和11年6月1日だった。その数ざっと2000人余だったという。私利私欲の全くない若人(男子)がこの事件をどう受け止めたかは定かではないが、国を守るという意志を更に強固なものにしたのだけは間違いない。青年将校が国の進路決定に係る為に当事者能力を手中にしようと命を懸けて決起した戦いが、同じ年頃の若者に影響を及ぼさないはずはない。せめて年に1回、1日だけはこの日を思い、当時の父と同じ心境になろうと思っている。
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