【がんばれ新卒】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

がんばれ新卒

ライセンスメイト篇
平成9年2月号「サイレントマジョリティ」
どこまで続く就職難
 まもなく冬が過ぎ、新緑の芽吹く春が訪れてくる。新卒の就職は、あいかわらず超氷河期だ。それには様々な問題があるだろう。景気の後退とそれがもたらすパイの狭隘化、学校で教わる内容と現実の企業が要求する水準とのミスマッチ、就職浪人を長期間かかえることのできる親の所得増加と、一方のベースである家族の少子化、etc。
 しかしいずれも「情勢論」に流されているきらいが多く、学生自身の主体的取り組みに注意を喚起しているものは殆どといって見あたらない。

おかしな「べからず集」
 気になることがひとつある。それは、これから企業の選考試験を受けようとする卒業予備軍に対する学校のアドバイスの中身だ。これは個々の学校の就職担当者の問題もあろうが、多くは政府の教育行政・労働行政に起因する。以下、学生(生徒)が面接の時に回答の要なし、とアドバイスされている点を列記させていただく。紙面の関係で10項目に絞った。
 ①本人の本籍
 ②両親の学歴・職業・出身地
 ③家族の状況
 ④自宅付近の見取図
 ⑤両親の離婚歴
 ⑥家族の資産内容
 ⑦賞罰(とりわけ罰)
 ⑧支持政党・信じる宗教
 ⑨尊敬できる人物
 ⑩人生観・ビジョン
 理由は、以上のようなことを尋ねたり、提出させたりするのは「差別の助長」につながるのだという。しかも、ご丁寧に「勇気をもって」回答を拒否しなさいというおまけまでついている。とんだところに「勇気」の文字が使われたものだ。人生の門出において、これからお世話になろうとする企業に対して「黙秘権」を行使しなさいというわけだ。
 これは、個々の学校の就職担当者を責めてみたところではじまらない。なぜならば、それは国の政策だからだ。彼らはそれを忠実に励行しているにすぎない。
 しかし、一体このような政策を立案した人は何を考えているのだろう。この考えでいくと遠からず「出身地」や「出身校」を尋ねることも「差別の助長」として禁止されていくだろう。何ともおぞましい話だ。
 面接しようとしている相手は、職域、職能レベルでは全く未知なる「新卒」と呼ばれる人たちである。
 これだけの「べからず集」をクリアーしてどうやって求職希望者の人物像なりにアプローチすることができるだろうか。それは、もうほとんど至難の技といってよい。

就職は企業との結婚
 いわば面接はその企業(とりわけその経営者)と求職希望者との「お見合い」である。さきほど列記したようなことを尋ねてはいけないとしたら何を話したらいいのか。
 とうとうと会社の未来や、市場動向を「新卒」に話せというのだろうか。勿論、企業の側が話すのはそれとして大いに結構なことであう。ビジョンを話すもよし、社歴を話すもよし、はたまた日本の未来を話すもいいだろう。
 しかし・・・、しかしである。相手は会社や業務については何も判らない「新卒」であることを忘れないで欲しい。ハッキリいって、そして何度でもいうが「何も判らない」のである。
 本人の意欲や資質、またそれを決定づけた生い立ちや環境を尋ねるしかやりようがないではないか。すると、なりゆき上、親兄弟や家庭・地域の環境、家庭教育・地域教育の範囲まで話題が広がるのは当然至極といってよい。  
 先ほど、面接をお見合いと呼んだが、それでいけば就職は結婚といえる。世の中には逆に結婚を就職と考えている人もいるが、実際は、就職の方が結婚と呼ぶにふさわしいことだってある。
 企業側から見れば「困難を共にする」ことのできるパートナーの選択である。ペーパーテストと身長・体重・胸囲・座高などのハード面の把握でこと足りる問題ではない。
 一体、この政策の立案者・推進者は、もし既婚者であるならおのれの伴侶を以上のような基準と方法で選択したのであろうか。
 ①「本人」そのものを尋ねてはいけない
 ②本人をはぐくみ育ててくれた「家族」のことを尋ねてはいけない
 ③本人の家族のおかれた「環境」を尋ねてはいけない
 ④おまけに本人の頭の中にある「考え」も尋ねてはいけない
 これほど人を愚弄し、馬鹿にした話があるだろうか。就職とは、いわば企業と本人との結婚である。男性なら自分の奥さんと一緒にいる時間より仕事をしている時間の方がはるかに長い人が相当いるはずだ。
 人なるものについて、もっと豊かで人間味・人情味溢れる見方をもっていたら、とてもじゃないがさきほどのような人物鑑定法は、とれるものではない。
 きっとこのような人は「人間を差別するな」と言いながらその実、もっとも人をないがしろにする己れの行為に気づいていないのだろう。

「勇気」とは真実を吐露すること、そして相手の判断に身をゆだねること
 差別とは「予断と偏見にもとずく機会の奪取、もしくは不与」とでも定義できる。それでは「予断」を防ぐには何をなすべきか。それは真実(=あらゆる事実)を知ることであり、真実を知ろうとする努力と行為を妨げないことである。それでは「偏見」をなくすには何をすべきか。それは「不断の教育」以外にない。
 苦楽、とりわけ苦(=困難)を共にするパートナー選びは是非「予断と偏見」なしに実行したいものだ。そして、意欲と資質あふれる若者を素直に見定める眼力を持ちたいものだ。
 そのためにも「勇気」を持って「真実」を吐露することのできる「強い」若者を企業は採用したい。そのような若者に支えられた日本企業こそがこの激動の世紀末を生き抜いていくことが出来ると確信している。
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