【不法占拠】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

不法占拠

ライセンスメイト篇
平成10年8月号「サイレントマジョリティ」
 ロシア人から北方四島が不法・不当に占拠されてから早や半世紀以上が経過した。竹島が同様に韓国人から占拠されてこれも半世紀になんなんとしている。そして、今や南の尖闇諸島が支那人からこれも不法・不当に占拠されようとしている。
 わが国は長い間、意識的な意味で「実効支配」の概念なしに天然の要害に居住してきた民族である。四海に囲まれた環境ゆえ容易に攻めおとしにくいという、地勢学的条件は逆にわが国の為政者をして国境警備という独立国家として不可欠の作業を軽視させたのだった。
 しかし、そういうわが国の歴史にも「文永の役・弘安の役」という大変な事件があった。蒙古人に指揮された支那人と朝鮮人が大挙して攻めてきたいわゆる「元寇」である。2度目はイスパニア人・ポルトガル人等による日本占領だが、これは計画段階で脆くも崩れ去った。3度目はペリー率いるアメリカ人が東から攻めてきた開港要求と不平等条約の締結である。
 4度目はロシア人の伝統的な南下政策による朝鮮半島攻略とわが国への侵略である。その為に彼らは釜山の近くに巨大な海軍基地まで建設した。鎌倉政権への挑戦を元寇とすれば、いわばこれは明治政権への露寇とでもいっていい挑戦であった。これに対してわが国の先達は、日清・日露の両戦役をもって対峙し、彼らの野望からわが国の自立・自存をそれこそ命がけで守り抜いてきた。
 しかるに先の大東亜の戦役が敗北に終ったため、明治以来築きあげてきた在外領土とその資産を全て失うハメになってしまった。それはちょうどワシントンが陥落してアメリカ合衆国という国家の領土が東部13州に戻されてしまうことに匹敵するし、モスクワが占領されてピュートル大帝以来獲得してきた「ウラル山脈以東」を全て失うことに相当する。また、北京が壊滅して「満州・モンゴル・チベット等」を手ばなし、黄河流域の漢の国に限定されてしまうのと同義である。
 人類史とはいわば領土をめぐる興亡と治乱の歴史であるといっても過言ではない。地所のために命を懸ける、これを「一所懸命」という。副詞にまで昇華されたこの思想をいただいていながら、今の日本の惨状は私に暗澹たる思いを抱かせる。
 昭和20年、わが国の主要都市において、ルメイ率いる米軍の都市爆撃により多くの民間人が大量殺戮されていったことは記憶に新しい。都市が焼かれるということは家屋やそこに居住している人々のみならず、住民票や土地台帳がストックされている役場までが焼かれるということである。そしてこの大事な時に、わが国の治安を守るべき青壮年は大半が外地にいた。とりわけ戦後はそのまま敗軍の捕囚としてとらわれの身となってしまったのである。警察官は丸腰にされ、「注意」しかできなかった時代である。50万人にものぼる米兵が上陸しわがもの顔にふるまっていた時代である。
 そのような時代に、それこそ所有者不在、台帳不在の焼け跡を不法占拠していった輩がいる。敗戦国の憂き目とはまさにこのことである。当時のわが国の政府にはとてもそういう事態を阻止する力はなかった。神戸の田岡さんという人が、そのように不法占拠された焼け跡を徒党を組んで実力で奪い送し、日本人に取り戻してあげた話は余りにも有名な話だ。山口組がいまだに神戸で市民権のあるゆえんである。田岡さんのような人が不幸にもいなかった町は今でも不法占拠されたままである。しかも駅前の一等地が多いという。
 彼らはその一等地に遊興施設を建て、日本人をうち興じさせ、粗利の大半を本国に送金している。そして、今やこの送金なしには一日たりとて国家財政が回らない国もあるという。「蛇の道は蛇」というように、長い間の不法占拠の実績が、日本与し易しという 一般認識になったといえる。
 惜しいかな今のわが国にはサムライをはぐくむ土壌がない。白人が恐れおののいた「日本恐るべし」とは要するに「サムライ恐るべし」なのだ。彼らは徹底してサムライの育ち方、育て方とそれを条件づけるわが国の精神風土、民俗文化を研究しつくし、サムライを育てることになる一切を否定してこの国を作ろうとした。最大の国難であった大東亜の戦役を指揮し、戦い抜いた先達も全てサムライであった。およそ自立とは個人も企業もはたまた国家も経済的自立をもって開始されるが、とりわ国際政治の舞台では政治的自立と軍事的自立をも兼ね備えてはじめて一人前の自立した国家として認められる。
 不法占拠されて黙っているような国家には未来はない。また、そのような国家のふがいなさをあざ笑っているだけで何も行動しようとしない人にも未来はない。献身的な自己犠牲の土台の上に一応50年はもってきたこの国も、もとをただせば英霊の人々の決起のお蔭なのだ。軍人勅喩と教育勅語に凝縮されたサムライ魂を今ほど必要としている時代はない、と考えるのは私だけであろうか。
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