【痛みは全体で分かち合う 今こそ「終身雇用」だ】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

痛みは全体で分かち合う 今こそ「終身雇用」だ

ライセンスメイト篇
平成11年9月号「サイレントマジョリティ 不況に勝ち抜く経営学講座2 教程その1」
一人(ひとり)は万人のために
 企業の中で人為的・作為的に「悪い人」を作りだし、いぶり出す方式(いわゆる「首切り」)は最も避けなければならない。残されたメンバーの間では仕事のことより「次は誰か」という話の方が最大関心事になってしまう。これでは業績はあがらない。疑心暗鬼は必ず密告やたれこみの温床を作り出す。そして、これが孜々営々と築き上げ継承してきた共同体を一瞬のうちに破壊する。個人主義や利己主義と企業風土は相容れない。企業とは全体主義である。それこそ「一人は万人のために」である。

万人は一人(ひとり)のために
 成績順位でトップとラストが出来るのはいたしかたないことである。ラストだからといって、その都度、社外放出していたのでは最後は誰もいなくなってしまう。生涯を会社のために捧げ人生を賭けて管理職として奮闘してきたメンバーに首切りを申し渡す企業が多いが、それは愚策中の愚策としか思えない。管理職とはいわば旗本である。そんなことをしようものなら、それこそ忠誠心など吹き飛んでしまうではないか。全体の責任を何故、少数の人間に押しつけるのであろうか。「万人は一人のために」ではなかったのか。

痛みの共有に例外なし
 それではいかにすべきなのか。大変なことだがこれしかない。皆で痛みを分かち合うことだ。これで問題は即座に解決する。業績が50%ダウンしたなら、例外なく全員の給与を50%カットする。いっておくが1人も例外を作ったらいけない。こういう時こそ「公正の女神」の秤を使わなくてはならない。創業オーナーなら、それこそ無給でがんばるだろう。なぜならば、創業時はどんなオーナーでも無給であったはずだから。

一蓮托生の意味
 組合は組合で団体交渉権とやらで息まいてはいけない。「船」が浸水しているのである。組合という「船室」だけ浮上しようと思ってもできるものではない。死なばもろとも、一蓮托生の間柄なのだ。今こそ、自らのキャビン(船室)から全員出てきて、船主や船長や機関長と一緒になって、浸水してくる水をかき出すべきなのだ。自らを「乗客」と思ってはいけない。徹頭徹尾「乗員」であることを片時も忘れてはいけない。

大命題は会社の再建
 方針を言おう。組合は会社再建のために「降給」を掲げて「団体交渉」すべきであるし、そのために闘うべきである。「うまみの分け前にあずかる」だけで、「痛みの分かち合い」を忘れた組合に一体誰がついていくであろうか。大命題は「会社の再建」であって 「会社の解散」ではない。西独のフォルクスワーゲンの組合は自らの待遇を半分近くまで下げてでも会社の再建に尽力している。大人の団体にならない限り船全体が沈んでしまう。

ひとつの価値観、ひとつの使命感、ひとつの世界観
 企業の財産は商品だろうか。資本金なのだろうか。あるいは従業員だろうか。顧客なのだろうか。それとも設備や立地なのだろうか。どれも大事なことには違いない。しかし、私はこう考えたい。トップから末端にいたるまで、ひとつの価値観、ひとつの使命感、ひとつの世界観で構築され、武装された共同体とその意識こそが企業の第一級の財産であると。戦後、我が国の企業は「終身雇用」という形でこの共同体を創り上げ、育ててきた。終身雇用のキーワードは「痛みの分かち合い」である。それでこそ「終身」、「雇用し」、「雇用される」ことができるのだ。

欲しがりません、勝つまでは
 私たちは、今こそ先輩のように「一億一心」になろうではないか。そして「欲しがりません、勝つまでは」のスローガンを今、再び甦らせようではないか。
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