【報復の哲理(その1)  原子爆弾を忘れるな リメンバー・アトミックボム】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

報復の哲理(その1)  原子爆弾を忘れるな リメンバー・アトミックボム

ライセンスメイト篇
平成12年9月号「サイレントマジョリティ」
 今年も屈辱の8月15日が訪れようとしている。この日を政府あげての「終戦記念日」として大がかリに式典を挙行し始めたのはいつの頃か定かではないが、「不戦の誓い」を宣言する今までのような開催思想では限りなく国際感覚からズレていくことだけは確かである。
 「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)といってアメリカ人は12月8日をそれこそ「健全に」迎えている。わが国も健全になるためには8月6日や8日9日を長く記憶にとどめおき、国家と民族の再興を期するため、8月15日の標語は「リメンバー・アトミックボム」(原子爆弾を忘れるな)とすべきではないだろうか。いわば、これが健全な国際感覚といえる。やられたらやり返せ!である。敵概念を喪失し、報復の出来なくなった民族に明日はない、といわれるが今日のような「8月15日のあり方」がまさにその傾向を加速させている元凶ともいえる。
 架空ではあるが事例を挙げてみよう。

〈事例その1・個人のケース〉
夜道を帰宅途中の若い女性が暴漢に襲われレイプされた。その後、事件は迷宮入りとなって犯人はわからずじまい。かの女性は「1人で夜道を歩いて帰った私が悪うございました」と「不歩の誓い」なるものを行い、55年間もレイプされた日を記念日にしてその誓いを新たにしているという。
-こんなバカな話があるか。喜ぶのはレイプ犯だけだ。

〈事例その2・家族のケース〉
抵当に設定した家屋敷が事業失敗のあおりを喰らって差し押さえられ、家族全員すぐさま立ち退かざるをえなくなった。その後、その家族は差し押さえられ、立ち退きにあった日に毎年集まって「二度と自宅は建てません」と「不建の誓い」を新たにしているという。
-これもバカバカしい話である。喜ぶのは物件を取っていった銀行だけだ。

〈事例その3・スポーツのケース〉
地場のサッカーチームであるアビスパが連戦連勝していたが、ある時、アントラーズなる最強のチームと戦ってはじめて敗退した。ショックを受け、解散した旧アビスパの選手はそれから試合で負けた日には毎年全員がそのコートに集まって「二度とサッカーなどというスポーツはいたしません」と不競の誓いをたてるという。
-何ということだ。喜ぶのはアントラーズだけだ。

〈事例その4・企業のケース〉
証券会社の「山一」がそれこそ証券市場から姿を消したのは記憶に新しいことだが、地場では「玉屋」、「岩田屋」とデパートの倒産・斜陽が続いている。そして、今度はあの巨大百貨店「そごう」の倒産だ。それ以来、倒産を機に解雇された旧そごうの社員は7月12日の倒産決定(発表)の日を「二度と百貨店商売はいたしません。又、デパートなるところには再び就職はいたしません」と「不業の誓い」をたてる「終業記念日」にしているという。
-こんな自虐的な態度があるか。喜ぶのは大丸や三越だけではないか。

 上記のケースは全て荒唐無稽で架空の話である。全てが「バカバカシイ記念の仕方」といっていい。しかるに今日の8月15日のあり方を見るとまさしくその「バカバカシイ記念の仕方」そのものだ。認めたくないかも知れないが、社会とは敵・味方・以外の関係である。健全な記念の仕方とはこの関係性をこそ認識した形でしか成り立ちようがない。
 よって健康的な反省とは、社会とは敵・味方・以外の関係であると正確に事実を認識した上で、「敗因」を冷徹に分析し、敗北過程の中にもかいま見えた勝利の萌芽を端念に探り出し、これを育てあげる契機を提供しうるものでなければならない。同時に当方が負けたとはいえ、先方も人間、何らかの弱点はあるはず。それを見つけられまいとするガードを巧妙に突破し、探し出し、そこでヒットをとばし続け、長期的には勝利に導く契機を提供するものでなければならない。これが健康的な反省である。
 かかる観点からすると今日の「8月15日」のあり方と私たちのその迎え方に大いなる疑問を感じるのは私だけであろうか。主君の生と死に対して忠義を尽くした臣下の大石蔵之助を主人公としてドラマ化した「忠臣蔵」が何ゆえ不朽の名作たりえているのか。赤穂家断絶という事態に対して、「二度と不尚事は起こしません」と毎年「主君の切腹の日」に旧家臣団を集合させて「非報復の根回し」を「不戦の誓い」として55年間も続けていたならばそれは果たして「不忠蔵」としてドラマ化されたであろうか。時代を越えて私たち日本人の魂を揺さぶり続けたであろうか。
 今、わが国に求められているのは「赤穂浪士」ならぬ「大和浪士(やまとろうし)」であり、主君の仇討ちをプロデュースした蔵之助ならぬ「日本之助(ひのもとのすけ)」ではないだろうか。かかる視点からとらまえれば、8月の15日ほど意味のある日は他にはないであろう。
 今年も①大東亜戦争の終戦を決意あそばされ、更なる犠牲をくいとめられた昭和天皇と皇室に感謝申し上げると同時に、②それまで(又、それからも)国難に殉じて散華していった英霊を慰霊し、③臥薪嘗胆を誓うもっとも相応しい日として8月15日を迎えたいと思う。
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