【真の戦後は新聞の反省から】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

真の戦後は新聞の反省から

ライセンスメイト篇
平成9年10月号「サイレントマジョリティ」
 人はその時正しいと思ってやった事も時の経過と共に誤りであったと気付くことがある。別に珍しい事ではない。
 試行錯誤の繰り返しが社会の実相であり、そして歴史が作られるのである。一般社会は勿論のこと、時として国家でさえ誤まった道を歩むことにもなる。同じ様にマスコミの世界にもそれはある筈であり、特に新聞と雖も、人が書いている以上決して例外ではあり得ない。
 新聞は社会の木鐸である、と言われる通り、その記事に或いは新聞社の顔である社説等で多年に渉り国民をミスリードして来たとすれば、その影響するところは誠に重大である。その罪は決して軽いものではない。若しそうであるなら、この際潔く反省謝罪して、今日に至る迄の経過に就いて読者に弁明しなければならないと思う。然し残念ながら新聞に関する限り、私は寡聞にしてそうした事例は聞いた事がない。扨それでは茲に幾つかの事例を上げて新聞の対応を検証して見たいと思う。
 (一)極東軍事裁判の不当性
 (二)日本国憲法制定の経過
 (三)北方領土問題
 以上掲げた問題は何れも古くて新しい事ばかり、特に(三)に至っては今後の日本の最重要課題である事は間違いない事である。それでは先ず(一)極東軍事裁判(いわゆる東京裁判)から取り上げて見よう。
 結論から言うと、この裁判の不当性は、全世界の識者や法律学者の殆どの人が認めている。それは勝者が敗者を裁くため、裁判に名を借りた茶番劇だったからである。11人の検事のうち、インドのパール博士唯一人、法律の専門家で残りの10人は全部軍人と言う法廷である。最初から判決ありきの裁判で、こんな事が国際正義の名に於て行われたのである。裁判そのものが不当であるなら、本来は判決そのもの迄不当と言うことになる。然し現実は、理屈は扨置いてA級7名の外数多くの軍人、政治家が処刑されたのである。
 国内法であれば、最高裁と言う訴える所がある。然し国際間には救済する機関はどこにも存在していない。更に連合軍は、日本が受諾したポツダム宣言にも違反して、新らたに
 (一)人道に対する罪
 (二)平和に対する罪
を追加して完膚なき迄に断罪したのである。扨この事に就いての新聞報道は占領軍の検閲下にあって一切の批判報道は禁ぜられていた。
 新しい憲法の条文にだけ言論の自由が謳われ、実際は厳しい統制下にあったのである。然し戦後50年を経た今日、日本は経済大国に成長し、言論の自由を保証された独立国家である。今こそ事の真相と今日迄の経緯に就いて新聞は、何故堂々と主己主張をしないのか。それとも新聞がこの東京裁判を正当なものと位置づけ、この判決こそが新しい日本の出発点であると認識して今日に及んでいるのであれば、又話は別である。
 新聞に反省はないのか、と言う主張は正にこの一点である。
文責 小菅紀武吾
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