【(続)真の戦後は新聞の反省から】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

(続)真の戦後は新聞の反省から

ライセンスメイト篇
平成9年11月号「サイレントマジョリティ」
 扨前回述べた通り、東京裁判の結果は、日本が侵略戦争を行なったと断定され、当時の戦時指導者の個人責任迄追求された。大東亜戦争は果して侵略戦争であったのか。青山学院大学教授佐藤和男氏の著書「大東亜戦争と東京裁判」によると、当時国際間には侵略の定義もなく更に現在でも重大な国際法違反とは決っていないと言うことである。そもそも戦争は国家間の利害の対立から起こるものであり、従って正義は双方にあり、言うなれば正義と正義のぶつかり合いが戦争である。侵略戦争と断定するには、その原因、目的、戦争に突入した動機等詳細に検討すれば、ひとり日本だけが悪いと言う事はない筈である。茲で一つ重大な出来事を紹介することにする。
 昭和26年(1951年)、5月の3、4、5と3日間に渉り、アメリカ上院で軍事外交委員会が開催された。前年度に勃発した朝鮮戦争の収拾方法に就いて、トルーマン大統領とマッカーサー元帥との間に意見の対立が生じたのである。帰国した彼の演説の中で、全面戦争も辞さない私の方針は統合参謀本部も同意していると発言した事で事態は政治問題に発展した。そこで関係する当事者達の証言を求め、真相究明に乗り出したのである。5月3日に行なわれた委員会で、ラッセル委員長の質問に答えたマッカーサー元帥の答弁の最後の部分で、彼は次の様な重大な発言をしているのである。
 日本は八千万近い膨大な人口が、四つの島にひしめいて生活をしている。その半分は農業、残り半分が工業生産に従事している。その労働力は、量的にも質的にも私がこれ迄接したいずれにも劣らない優秀なものである。そして人は怠けている時より、働いて生産している時の方がより幸福なのだと言う労働の尊厳を発見していたのである。そして巨大な労働力を持っていても、残念ながら日本にはその原料となる固有の産物が何も無いのである。僅かに絹産業(おかいこ)があるだけで、綿が無い、羊毛が無い、石油の産出も無い、ゴムも無い、その他実に多くの原科が欠如していたのである。
 ところが、それら一切のものがアジア海域には存在している。若しこれらの原料の供給が断ち切られたら、日本は一千万から一千二百万と言う失業者が出る。彼らはそうなる事を恐れていた。従って日本が戦争に突入した動機は大部分が安全保障の必要に迫られての事である。
 以上がその要旨であり、記録に残っている答弁である。連合軍最高司令官の職にあった彼の、この発言の重みは重大である。更に、言外に東京裁判そのもの迄も否定しているのである。
 もうーつつけ加えるなら、昭和25年(1950年)10月、トルーマン大統領とウェーキ島で会談した折、「東京裁判は誤りであった」と言う趣旨の発言をした事も、現在では広く知られていることである。
 先の戦争は侵略戦争であったと発言した細川総理に、是非こうした真実を知って欲しかったと思う次第である。一国の総理として、国益を考えない軽率な発言である事は間違いなくその後に起った慰安婦問題など、その影響する所は甚大である。
 そして、マスコミも又之等の事を正しく国民に知らしめる責任を果していないのである。自国の歴史に誇りの持てない若者が多い国に未来はない。それは政治、教育の貧困もさる事ながら、マスコミの果す役割は重大である。新しい誇り高き国家建設は、正しい歴史教育と常に国益を考えた正しい報道こそがその原点である。
文責 小菅紀武吾
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