【二の矢を継がず】有言実行 | 九州不動産専門学院グループ


 

二の矢を継がず

ライセンスメイト篇
平成16年8月号「人と意見 心の経営ゼミナール 第7回」
 「わが国における経営のキーワードがあるとすれば、それは終身雇用と実力主義を両立させることだ」
 このシリーズでは、私が24年間に及ぶ学校経営から肌で感じ取った中小企業の経営ノウハウを計12回に亘って紹介させていただく。

 わが国では『あゝ無情』(レ・ミゼラブル)で知られている19世紀のフランスの文豪ビクトル・ユーゴーほど若い頃苦労した作家も珍しい。非常に印象的な彼の言葉を紹介しよう。『商いとは相手の懐(ふところ)に命を賭けた戦争である。』想像を絶するほどお金に苦労した様がおのずと滲み出ている。

喝しても盗泉の水を飲まず
 ユーゴーの言葉は中小零細企業の経営者にとってはそれこそ座右の銘にでもしたい言葉ではないだろうか。私もこの地で学校を開校して満24年になるが、お金では相当苦労してきた。そして、その状態は本質的には現在も変わらない。昭和20年8月、わが国は有史以来はじめての敗戦を体験した。それ以来59年、わが国民はそれこそ働いて働いて働きずくめの毎日を送りながら、今日のような世界に冠たる経済大国を築いてきた。
 北朝鮮の金正日のように麻薬や偽札、はては人さらいにまで手を染めて維持してきた国ではない。また拉致を指摘されると1人につき5万トンの米と交換したり、あるいはかくなる一連の悪事に抗議して、経済交流を止めるとの相手国の要求に対して、それは即「宣戦布告」と見なすとして200基ものミサイルを配備し、対象国の主要都市を全て射程に入れ、恫喝するというような方法をとることもなく善隣友好政策をとってきた。
 それにひきかえ、わが国の都市という都市が一面焼け野原にされた上に、原爆という最終兵器まで動員され完膚なきまでに破壊されたにもかかわらず、私たちは戦後の国家建設を「働いて」すすめてきた。すなわち、北朝鮮がしているような犯罪には手を染めずに国を作ってきた。

企業を弱くするセーフティネット
 今、企業を取り巻く環境は一変している。それこそ庇護や保護という美名のもとに失敗や敗北を救済する法律や機関が十重二十重にできている。会社更生法や産業再生機構といったものもその一例である。しかし、そういったものがわが国で事業を営んでいる中小零細企業のいかほどを「更正」し、「再生」したというのであろうか。かくなる法律や機関を作っていただいた国会議員の皆さんには誠に申し訳ないが、大局的には零パーセントといっていいのではないだろうか。それは規模分類でいえば大手だけを射程に入れた制度にすぎないからだ。
 個人の世界では「生活保護」として確立しているこの方法だが、法人の世界では不思議と力のある〔あった〕大手のみが対象となる。しかし、中小零細を歯牙にかけないこの制度は逆に私たちの足腰を強くする恰好の環境を作っている。個人も含む小さな企業とは「顧客以外には誰からも、そしてどこからも支援のない企業」をいう。制度的支援もなければ金銭的・人材的支援もない。詮じ詰めるところ、「構成員」によって「顧客」を開拓し、「もてる商品」を「販売」しなければ寸分の前進さえ望めないのがこの世界の実態なのだ。

退路を断つ
 人は「二の矢」をあてこむと弱くなる。自力更生をトコトンまで追求することでしか自己実現の道がないとしたら、中小零細とはまさにそのものズバリの世界といえる。 生活保護を受給しながらも、その甘美な誘惑に負けて自助自立への道を忘却した例は余りにも多い。これは商いの世界においても然りである。様々な救済措置や奨励金・給付金制度を血まなこになって捜し求めている企業に明日はない。それだけの情熱はむしろ商品開発や人材教育や販路拡大といった条件整備にふりむけられるべきであり、かけがえのない顧客への無限の奉仕活動に注がれるべきであろう。
 以上のような意味からいって、セーフティネットが余り完備していない環境の方が、私たちにとっては活動しやすい。「二の矢」の甘いささやきへの退路をキッパリ断ってこそはじめて自立への第一歩が開始されるのではないだろうか。
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