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審美眼を他国の眼差しにゆだねる奴隷根性

フェイスブック篇

平成25年5月2日

富士山がいわゆる「世界遺産」に「登録」されそうだといってどうしてあんなに騒ぐのだろうか。私たちの先輩はそのような白人発の基準値設定に対して戦ったのではなかったのか。国際共産主義運動の発祥地たるジュネーブのユネスコに自国の景観他の等級を「認定」してもらう必要があるのだろうか。わが国にとって最も誇り高い聖地は「元寇」を葬り去り、今日の日本を日本たらしめた「鎌倉」であるはずだが、「白人ロシア」を打ち負かした「203高地」が世界遺産に登録されないのと一緒で、白人が許可するはずがない。

「観光立国」として世界(白人の目)に認知され、あわよくば外貨を稼いでいきたいという思惑が見え隠れしてならない。奴隷根性は審美眼を他国の眼差しにゆだねる事から始まるといわれている。ジュネーブのユダヤ人がわが国の美に憧れるだけならまだしも、審判者として等級をつけるとは不遜の極みといえる。またその美を創造し育んできた側が、白人にランクをつけて下さいと哀願する様を一体ご先祖様は何と見るだろうか。

マサダの遺跡がいわゆる「世界遺産」に登録されているかどうか私は知る由もない。