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直接払いのススメ バカに出来ない5分間の積み重ね

ライセンスメイト篇

平成12年6月号「サイレントマジョリティ」

 私たちの会社では取引先への支払いは必ず集金に来ていただいた方に現金で手渡すようにしている。小さな企業とはいえ月額2000万円を超す運営費を全て現金で決済するため、それは大変な作業になる。支払日は相手先の都合に合わせて、10日・20日・末日と定めている。その日が日曜や祝日と重なるようであれば直後の平日に日延べさせてもらう。以上が、支払いについての原則的な考え方である。だからどうしても集金にお出いただけない企業とは最初から取引しないことにしている。

 さて、この支払業務であるが体制はA・B・Cの3人で組んでいる。①支払額を算出して、②先方に金額確認の電話を入れ、③集金にお出いただく日時と場所を指定し、④以上のことを直接の支払担当者に書面でもって報告する。ここまでがAの仕事だ。一度にお出いただくと混み合うので1社と1社の間隔は5分間にしておく。だから甲社への時刻指定が14時45分なら乙社は14時50分とする。また、その日が先方の都合で無理な場合は翌月にしていただく。6日10日に来れない時は翌7月10日に、それも無理な場合は翌々8月10日に、という具合である。

 2人目にあたるBは①支払場所に待機し、②集金にお出いただいた方の会社と金額を確認し、③現金を手渡し、④領収証をいただく。この時、業者の方の1ヶ月の労をねぎらい、今後1ヶ月の取引の依頼をする。改めていただきたい事はこの時に先方に伝え、反対に当方の不手際があればこの時にお詫びをする。世間話に及ぶこともあるが、次がつかえているのでとにかく5分間で済ます。

 3人目のCは①業者の方がお出いたたいた都度本部に内線連絡を入れ、②待ち合いの間にお茶出しをし、あい間あい間に③Bの補助作業を行う。また④Bと業者の方とのやりとりの記録はCの業務分担にはいる。

 以上が支払業務のシフトだ。勿論「社員皆営」の原則ゆえ、優秀な営業担当者もこの体制に組み込むようにしている。私たちの業務が実に沢山の皆様のお蔭で成り立っていることを体得させ、そのひとつひとつに全てお金が掛かっていることを理解させる上で決定的な経験になる。また、定められた期日までの業績達成がいかに死活的な課題であるかを学習させる格好の授業にもなる。

 経営は「お願いし、お願いされる関係」である。しかし、その根底は人と人との信頼関係だ。それではその信頼関係を築き上げる方法にウルトラCなるものがあるかというと、それは直接交流の回数を地道に積み上げることしかないであろう。まさに「急がば回れ」とはこのことだ。100社に毎月、直接、現金で支払うと仮定すると、年間1200回も直接交流の機会が訪れることになる。まさに「チリも積もればヤマ」である。

 さて、直接交流の成果の第一は、当方が困った時に期間の長短は別として支払いを待ってもらう関係を築けることだ。これが手形決済だと一発で「不渡り」となり、企業にとって図り知れない信用失墜となる。人間関係の希薄さのなせる悲劇の一種であろう。私たちの会社が創業以来20年間に1回もかかる事態に堕いることがなかったのは、一貫して直接現金支払いだったことと、それゆえの交流回数の蓄積のお蔭だったと自負している。「お願いし、お願いされる関係」が健全に機能してきた成果といえるのではないだろうか。

 支払いにおける直接交流の成果の第二は、毎月値段交渉の機会が巡ってくるということだ。先方にとっては毎月販促の機会が訪れることでもある。仕入価格の交渉とはハッキリ言えば「社運の交渉」だ。よって、このシフトの中に営業担当者を組み込むことは、当人の外交官としての折衝能力や交渉術を高める上でまたとない機会となる。社運は業績もさることながら、むしろ「仕入価格」にかかっている。年期を経て、風雪に耐えた企業であればあるほど、この鉄則は身にしみて感じるはずだ。そして、この理解を総務担当者の世界にとどめおくか、営業担当者を巻き込む形で全社的な理解まで拡大させるかが企業盛衰の岐路といえよう。

 [当方にとっての]支払いと[先方にとっての]集金はメダルの表裏の関係であり、同義である。この行為の絶対的価値とは、経営の帰結であると同時に出発であるということだ。これを非人格的に、かつ簡単に済ますという思想ほど健全な経営を破壊する誘惑はない、と思うゆえんである。